ふたこわたるより バックナンバー
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2018/03/31(土) 14:30 | ふたこわたるより【「結婚」ってなに?】 |
○○さん、こんにちは。
ふたこです。
今日はちょっと長編です。
先日、結婚したい女子向けの結婚するための秘訣
みたいな記事が最近Facebookでシェアされていまして。
それで彼女と語り合ったことなど。
その記事の「結婚観」は、
結婚に絶望し、ほんとうの結婚を忘れ去っている
現代の多くの人の声そのものだったんですよね。
その人自身がどう思ってるかは知らないけど、
書かれていた結婚観のことね。
その結婚観を除けば、僕はむしろ賛同するところも
かなりある記事だったんだけれど、
目指しているところの結婚がそれじゃあ、
鵜呑みにした人は根本的に
道を踏み外すかもなあと思っちゃったの。
***
その結婚感というのは、
「結婚と恋愛は違う。」
「結婚は生活だから」
「愛するとか愛されるとか、幻想です。」
みたいなもの。そうそう。
現代の自立時代にはいってよく聞く常套句です。
「そんなもの諦めて、さっさと行動しなさい」って。
「結婚したら幸せになれる」っていうのと同じくらい、
破壊的な影響を及ぼしているやつ。
「愛するっていうのは
自分で自分に対してすることが全てで、
『誰か』から愛されるんじゃない」
っていうのが
精神的な自立の進んだ現代の
病的観念の一つだと今の僕は思ってる。
***
もちろん自分を愛すること、
自分の幸せに自分で責任を持つこと、
自分の傷を自分で癒すこと、
つまり精神的に自立していることはものすごく重要で、
それは否定の余地がない。
誰かが自分を幸せにしてくれるわけじゃないし、
それを待ってていいことなんてほとんどない。
ただ精神的な自立が進んで
自分で自分を幸せにできるようになった人は、
今の結婚制度のような
1対1のパートナーシップへの意味を見失っていく。
それが今、僕らの社会で進行していること。
一人で幸せならそれでいいじゃないの、
なんで一人とだけ愛し合うのか、と。
それはそれで一理あるし、
長らく僕もそう思っていました。
***
でもね、この数年、
いのちかけて取り組んで来て僕が思うのは。
僕らの文化・文明は、長い間、
精神的に自立しながら、
愛し愛される方法を見失って来た。
僕らの文化・文明は、長い間、
精神的に自立しながら、
深く繋がりあう方法を見失って来た。
ということ。
今ほど精神的に自立していない時代は、
もっと強制的に二人が離れられないような
時代が続いていたし、
それはそれで当時は意味があった。
でも今は違う。
僕らは、男女問わず
一人で生きていけるような時と場所に生まれている。
そして、
これまでの結婚や結婚観を眺めて、
あるいは経験してみて、
あれが結婚なら別にいらないよ、と
思ってしまう人もたくさんいる。
一方、自立している同士が
どうやって愛を深められるのかは、
見る機会がないし、そ
れがどんなものか知る機会もない。
***
でもね、僕らの魂の記憶は知ってるわけです。
知ってるでしょ。
結婚というものの、元型的な意味を。
愛によって男女がとこしえに
一つに結ばれるというイメージを。
そして僕らの魂は、それを求めてる。
そこに真実の姿があるって知ってるんだもん。
もし結婚が、
今の法律上の入籍を指していて、
その実態を知っていたら、
そんなの人がしたがるようなものでもないし、
めでたくもないじゃないですか。
実際1/3くらいが、
これはちがったってわけで離婚する。
***
とはいえ、
「おめでとう!
愛を深め続ける予定もない人と、
家族になったんですね!」
とか思わないわけ。
「愛するとか愛されるとかは諦めましたが、
同居して共同生活できる人ができたんです!」
とかで喜ばないでしょ。
なんだかわからないけれど、
「結婚」しようとするし、
なんだかわからないけれど、
「結婚おめでとう!」っていう。
それは魂がそのイメージ、
愛によってとこしえに男女が一つに結ばれる
というイメージを知っているからじゃないかと思う。
でも意識はよく知らない。
自分が「結婚」を通して何を得たいのか。
だから「結婚」したい人は、
ほんとうは何をしたいのかを
自分の魂に問うことが不可欠なんだと思います。
わたしが魂から望む「結婚」って
どういうことなんだろう、と。
それなしに結婚したって道に迷うだけ。
***
真剣に自分の魂に問いかけて、
それが
「愛し、愛される関係」であれば、
それをこそ全力で求めたらいいと思うよ。
それが
「ずっと愛を深めていこうという約束」なら、
それをこそ全力で求めたらいいと思う。
何度心折れても、
何度も立ち上がり直して、
それを求めたらいい。
それが不可能だと言われたり、
嘲笑されたり、
みたこともないものだったとしても。
(もちろん「愛はなくていいけど便利な共同生活」とか、
ほかにもなんでも魂から望んでいたら、
それを求めたらいい。人がとやかくいうことじゃない。)
先日仙台でやったワークショップでも、
参加された方全員、
自分の中にある、真の愛への願いを
自分で救い出していたし、
それは本当に感動的な場面だった。
その願いをないことにして生きるなんて、
死んでいるのも同じだと思うの。
ま、僕も長らく死んでるも同じだったし、
運よくそこから抜け出せたわけなので、
偉そうなことは言えないけれどね。
でももしあなたがそれを望むなら、
僕はその願いをこそ応援したいって思うわけです。
その道をこそ、進もうよ。
********************
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「人々よ、自分の祖国を取り戻せ!」
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ふたこです。
今日はちょっと長編です。
先日、結婚したい女子向けの結婚するための秘訣
みたいな記事が最近Facebookでシェアされていまして。
それで彼女と語り合ったことなど。
その記事の「結婚観」は、
結婚に絶望し、ほんとうの結婚を忘れ去っている
現代の多くの人の声そのものだったんですよね。
その人自身がどう思ってるかは知らないけど、
書かれていた結婚観のことね。
その結婚観を除けば、僕はむしろ賛同するところも
かなりある記事だったんだけれど、
目指しているところの結婚がそれじゃあ、
鵜呑みにした人は根本的に
道を踏み外すかもなあと思っちゃったの。
***
その結婚感というのは、
「結婚と恋愛は違う。」
「結婚は生活だから」
「愛するとか愛されるとか、幻想です。」
みたいなもの。そうそう。
現代の自立時代にはいってよく聞く常套句です。
「そんなもの諦めて、さっさと行動しなさい」って。
「結婚したら幸せになれる」っていうのと同じくらい、
破壊的な影響を及ぼしているやつ。
「愛するっていうのは
自分で自分に対してすることが全てで、
『誰か』から愛されるんじゃない」
っていうのが
精神的な自立の進んだ現代の
病的観念の一つだと今の僕は思ってる。
***
もちろん自分を愛すること、
自分の幸せに自分で責任を持つこと、
自分の傷を自分で癒すこと、
つまり精神的に自立していることはものすごく重要で、
それは否定の余地がない。
誰かが自分を幸せにしてくれるわけじゃないし、
それを待ってていいことなんてほとんどない。
ただ精神的な自立が進んで
自分で自分を幸せにできるようになった人は、
今の結婚制度のような
1対1のパートナーシップへの意味を見失っていく。
それが今、僕らの社会で進行していること。
一人で幸せならそれでいいじゃないの、
なんで一人とだけ愛し合うのか、と。
それはそれで一理あるし、
長らく僕もそう思っていました。
***
でもね、この数年、
いのちかけて取り組んで来て僕が思うのは。
僕らの文化・文明は、長い間、
精神的に自立しながら、
愛し愛される方法を見失って来た。
僕らの文化・文明は、長い間、
精神的に自立しながら、
深く繋がりあう方法を見失って来た。
ということ。
今ほど精神的に自立していない時代は、
もっと強制的に二人が離れられないような
時代が続いていたし、
それはそれで当時は意味があった。
でも今は違う。
僕らは、男女問わず
一人で生きていけるような時と場所に生まれている。
そして、
これまでの結婚や結婚観を眺めて、
あるいは経験してみて、
あれが結婚なら別にいらないよ、と
思ってしまう人もたくさんいる。
一方、自立している同士が
どうやって愛を深められるのかは、
見る機会がないし、そ
れがどんなものか知る機会もない。
***
でもね、僕らの魂の記憶は知ってるわけです。
知ってるでしょ。
結婚というものの、元型的な意味を。
愛によって男女がとこしえに
一つに結ばれるというイメージを。
そして僕らの魂は、それを求めてる。
そこに真実の姿があるって知ってるんだもん。
もし結婚が、
今の法律上の入籍を指していて、
その実態を知っていたら、
そんなの人がしたがるようなものでもないし、
めでたくもないじゃないですか。
実際1/3くらいが、
これはちがったってわけで離婚する。
***
とはいえ、
「おめでとう!
愛を深め続ける予定もない人と、
家族になったんですね!」
とか思わないわけ。
「愛するとか愛されるとかは諦めましたが、
同居して共同生活できる人ができたんです!」
とかで喜ばないでしょ。
なんだかわからないけれど、
「結婚」しようとするし、
なんだかわからないけれど、
「結婚おめでとう!」っていう。
それは魂がそのイメージ、
愛によってとこしえに男女が一つに結ばれる
というイメージを知っているからじゃないかと思う。
でも意識はよく知らない。
自分が「結婚」を通して何を得たいのか。
だから「結婚」したい人は、
ほんとうは何をしたいのかを
自分の魂に問うことが不可欠なんだと思います。
わたしが魂から望む「結婚」って
どういうことなんだろう、と。
それなしに結婚したって道に迷うだけ。
***
真剣に自分の魂に問いかけて、
それが
「愛し、愛される関係」であれば、
それをこそ全力で求めたらいいと思うよ。
それが
「ずっと愛を深めていこうという約束」なら、
それをこそ全力で求めたらいいと思う。
何度心折れても、
何度も立ち上がり直して、
それを求めたらいい。
それが不可能だと言われたり、
嘲笑されたり、
みたこともないものだったとしても。
(もちろん「愛はなくていいけど便利な共同生活」とか、
ほかにもなんでも魂から望んでいたら、
それを求めたらいい。人がとやかくいうことじゃない。)
先日仙台でやったワークショップでも、
参加された方全員、
自分の中にある、真の愛への願いを
自分で救い出していたし、
それは本当に感動的な場面だった。
その願いをないことにして生きるなんて、
死んでいるのも同じだと思うの。
ま、僕も長らく死んでるも同じだったし、
運よくそこから抜け出せたわけなので、
偉そうなことは言えないけれどね。
でももしあなたがそれを望むなら、
僕はその願いをこそ応援したいって思うわけです。
その道をこそ、進もうよ。
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